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THE VICINITY OF IZUMO

2018年6月8日金曜日

入校案内

今度の日曜日は技術校のオープンキャンパス、今年も多くの方の参加を願っています。ところで生徒の募集に使う入校案内なんだけど、なんと見開きの写真はワタシが撮ったもの。最初の構想が変更になったため、県庁から頼まれ急遽撮影しました。まあ理由はどうあれ本格的?なデジカメ歴8年目にして、22ページ中の1ページ目に使える写真が撮れるようになったということで少しだけ感激しています。ちなみにこのパンフレット作成、写真をプロに頼むほどの予算は最初からありません。

写真にある4人のコ達はウチの生徒のためもちろんノーギャラ。真冬に室内(学食)で撮ったので構図に限界があったのと、女子の顔のところがページの継ぎ目になっているのが大変残念(校正の段階で県庁から印刷業者に修正を申し入れたけれどダメだったみたい)ですが、まあそれでもいつもと違う印象的な仕上がりになったので良かったです。で、ここでやめておけばいいものを、外での会議や技術校へのお客様相手に「見て見て」攻撃をしかけ「これホントに撮られたんですか?すごいですね~」なんてミエミエのお世辞を言われてニマニマしたりするのがワタシの欠点でもあります。

こんな感じです。

2018年6月2日土曜日

アナログ再び その2

急遽前々回に続いてですが、なんとアメリカのシュア社が今年8月をもってカートリッジの生産を打ち切るとのこと。アナログレコードとかが再び脚光をあびていて、おまけに先日このことを日記に書いた矢先なのに「ええええ~なんてことだ!!もう許せない!!ヾ(`δ´;)」あっ、興奮してしまいました。<(_ _)> だって自分で針が交換できるMM型カートリッジを生産する主軸メーカーで、ワタシのオーディオ遍歴もこのメーカーのカートリッジ抜きには語れないのです。

カートリッジはレコードに刻まれた音を電気信号に変えるプレーヤーで一番大切な部分。生産打ち切りのアナウンスを受けて、同社の現行カートリッジや交換針の価格も上がってきました。幸い既に複数のシュア製カートリッジを持っているので、互換針も含めて交換針の供給が続く限り大切に使っていきたいと思います。

ついでにここで、前々回触れたワタシが所有するカートリッジ(シュア製)のハナシ。

M44G
学生時代、初めて買ったプレーヤーのために初めて買ったカートリッジ。今使っているのは5年ほど前に買った二代目です。図太くメリハリのある音でワタシの中での名器。見た目もごつくてどんなジャンク盤でもかかってこいといった頼もしさがあります。互換針が安価で手に入るのでメインで使っていますがこれに初めて出会ってからほぼ40年、これに始まってこれに終わりそうです。

M95HE
学生時代に無理して買った物でシュアの中では割と繊細な音。実は数年前のこと、新たに購入した新品の針を物に引っ掛けてブギッて折ってしまい、我ながらあまりのバカさ加減に悶絶しました。現在は交換針が高くて失業中。

V15  TYPEⅢ
迫力と煌びやかさも兼ね備える世界的な銘器。ただ交換針が高いので、たま~に聴く程度。

ME97HE
明るい音でオールマイティーに使えるやつ。現在交換針が見つからず長期失業中

ワタクシ根がケチいもので、学生時代は針の摩耗を避けるためにレコードを買うと速攻でカセットに録音して普段はそれのみって感じでした。(まあ当時の貧乏学生は殆どがこの手法)そしてこのケチい精神は今でも立派に引きずっていて、聴くといっても休日に一枚かせいぜい二枚、そうジャンジャンレコードをかけたりはしません。先日「あっ、いいこと思いついた」とばかりに「レコードは回すけれど針は浮かせたままにしていつものネットワークオーディオを聴き、レコードを聴いている気分に浸る」っていうのをやってみたけれど、なんだか虚しくなってヤメにしました。やっぱり「いいこと思いついた」の「いいこと」にはロクなものがありません。

見た目ギンギラのV15 TYPEⅢ

2018年5月27日日曜日

再現 出雲焼きそば

「出雲焼きそば」という言葉は無いかもしれませんがこの地域に古くから?伝わる、要するにウスターソースを後からダボダボとかけるアレです。ワタシの中での元祖は、大社町は当時移転前の大社高校入り口近くにあった、三角形の敷地から「三角や」と呼ばれていた「森」。そして本当の意味での元祖は出雲市中町にあった「藤田」。聞くところによると「森」はここからの暖簾分けだそうです。

残念ながら今は両店ともありませんが、それではとその再現に挑戦しました。単なるソースの味だけでは無いその絶妙な美味しさがキモです。ただ今回麺はコスモスでひと玉17円のもので、具材はキャベツとブタ肉のみ。そして当時の記憶を基に「森」風の味付けをし、できあがったものにイカリのウスターソースをかけて食べてみると「おっ、ワレながら意外と美味いじゃないか!!Σw(゚д゚* )w」ただあくまでワタシの記憶に基づいての味付けなので根本的に違うとは思いますが自己採点では68点、今後は味付けはもちろん中トロトロの目玉焼きを乗っけたりとさらに追及していきましょう。80点ぐらいになったら調子こいてレシピを公開したりして、な~んてウソウソ。<(^ー^ι) 現在このスタイルの焼きそばは、大社町の「キング」他出雲市内の数店で食べることができます。

見た目もシンプルでOK。

2018年5月25日金曜日

アナログ再び

久々に平日の更新、おまけに日記でもなんでも無いオーディオのハナシです。数年前から特に若者を中心にアナログオーディオが人気で、大手メーカーもレコードを再販しだしたとのこと。音が良いとかその手間が良いとか理由は色々だけど、時代は巡るって気もします。ただワタシは元々アナログからスタートしているのでアナログが人気って聞くと悪い気はしません。

ということで自宅でもちょっとアナログ関係を改装しようと考え、先週の土曜日にやったこと。

長らく放置してあったティアックのカセットデッキを自分の部屋のラック最上段に設置 → そのためはじき出されたマイクロ精機のレコードプレーヤーを和室に移動 → そのためはじき出されたヤマハのレコードプレーヤーをステレオ部屋に移動で終わりです。ただこれに併せて重いアンプもあちこち動かしたので腰が痛くなりました。

それではそれぞれの状態について。

ティアックのカセットデッキ
今から30年近く前に購入。その後時代がCDに移ってからはずっと放ったらかしだったけれど、ちゃんと電源も入りました。アンプにつないで中に入っていたカセットテープをそのままかけたところ、なんとその頃録音したサルサバンドの「オルケスタ・デ・ラ・ルス」が抜群に豪快な音で鳴りだしたので「ああ、これがアナログのエネルギーか~」って勝手に感動しました。

マイクロ精機のレコードプレーヤー
それこそ10代後半の学生時代に大阪の日本橋で買ったので、もう40年近く前の物です。これが今でもちゃんと動くところがすごい。今は無きマイクロ精機製品の中では安い部類だったけれど、買った時にはそれこそ「清水の舞台から飛び降りた」気分でした。

ヤマハのレコードプレーヤー
これもかなり古いものですが10年ほど前に中古で購入、何の問題も無く動きます。これを使うときにはクールな見た目のディスクスタビライザー(レコードをターンテーブルに密着させる重し)を乗っけていて、レコードをかけるとこれが回りながらキランキランと輝くので「いいね~」って自己満足に浸ってます。アナログ機器は動く部分があるこの見た目も魅力で、オーディオは聴覚だけでは無く視覚でも楽しめるとワタシは思います。

ああ、オーディオのハナシは長くなるなあ~。明日もあるので今回はこれぐらいにして、またの機会にデジタルとアナログの音の違いや前にも一度書いたことがあるレコードプレーヤーのカートリッジ(針が付くところ)のハナシも書きたいと思います。それではまた。

キランキラン回るディスクスタビライザー。

2018年5月19日土曜日

恐怖の時計草

自宅に作ったハーブ花壇(カミさんの管轄だけど水やりはワタシの仕事)のところにウッドフェンスを設置したけれど、それに這わすために変わった花の形が面白くて気になっていた「時計草」を植えたのがかれこれ8年前、確か「香木の森」で買ったやつです。花自体はどことなく弱々しくて可憐な感じですが何が何が繁殖力旺盛で、植えて2年目にはフェンスを覆い尽くすほどになりました。

ところがおととし突然ストックヤード内にある水道栓の横からこいつのツルが伸びてきたのでびっくり。本株は4mほど離れた花壇にあるけれど、そこから伸びた地下茎がストックヤードの基礎の下を通って隙間から出できたワケで、そこにある洗濯機の後ろを配線に巻き付きながら上に伸びていき、その後今度は横方向に伸びていってそのうち花でも咲きそうな勢いです。

カミさんはそのうち時計草のせいで自宅の基礎が壊れるんじゃないかって心配で、ワタクシさすがにそれは無いだろうって笑ったものの、以前TVで観た植物に家を乗っ取られたアメリカでの出来事を思い出してほんの少し不安になりました。ある朝苦しくて目を覚ますと時計草のツルが首に巻きつき、白目をむいたワタシの顔の周りを取り囲むようにかわいい時計草が咲きそろっているなんて考えただけでも気持ち悪すぎて大笑いですが、また今後の経過についてはたまにレポートします。

今も元気に増殖中。

2018年5月12日土曜日

列車の思い出

実物はまだ見たことないけれど、TVでは何回か豪華列車「瑞風」の特番が放送されたりしていますね。ワタクシ鉄道は好きだけれど今ではほとんど乗ることは無し、そのかわり昔乗った列車のことを懐かしく思い出します。

まずは通称「京都夜行」、学生時代にしょっちゅう利用した出雲市と京都を12時間近くかけて結ぶ夜行の普通(鈍行)列車です。これには寝台車が1両だけ連結されていて、指定席発券の関係から普通列車では珍しい「山陰」という名前が付いていました。ただ寝台車以外の車両は全て直角シートの旧式のやつで、牽引はジーゼル機関車のDD51。今と違ってデッキの扉は走行中でも開けっ放し、夜中に余部鉄橋を渡るときの轟音や、夜が白々と明けていく中、最後尾のデッキから見た滑るように遠ざかって行く雪景色など、まさしく「旅情」そのものです。

お次は今の仕事に就いてから東京での研修などで再々利用した寝台特急「出雲」、乗降扉の横にある行き先表示の「東京 FOR TOKYO」にはしびれます。当時「いずもB3キップ」というのがあり、これは一両だけ連結された3段ベッドの寝台車専用(他の車両は2段ベッド)で、格安だったためいつもこれを使いました。ベッドの方は他に乗客がいなくてもキッチリ3段にしてあって、真ん中のをたたんでくれたら広いのにと不満だったけれどこうするのが決まりだそうで、まあそれでこそ格安だったワケです。出雲号には名ばかりのラウンジカーもつないであり、そこで研修仲間と持ち込んだビールで打ち上げパーティーをしたりして、これはこれで「旅情」って感じでした。

今では寝台特急「出雲」は「サンライズ出雲」に代わり、普通列車の「山陰」はとっくに廃止されました。「サンライズ瀬戸・出雲」は現在日本に唯一残る夜行寝台列車ですが、これらの新しい列車には昔乗った列車の質素で素朴な雰囲気はありません。ただ以前「サンライズ出雲」の上の階に乗って満月の夜に伯備線を進んだ時にはコンパートメントいっぱいの月の光に包まれ、これまたホントに感動的で新しい時代の旅情を感じました。

おまけ その他の心に残る列車

特急まつかぜ(80系82型)
小学生の頃、長大編成でピカピカのこれが出雲市駅に滑り込んできた時にはあまりの華麗さに感動し、停車中にちょこっとだけ乗ってみました

特急やくも(181系)
学生時代に時たま友人と乗りましたが、無理して高い食堂車に行き一番安いものを注文するという「リアル・プアリッチ」が得意でした。そして伯備線をトロトロ走っていたこいつが山陽本線に出た途端、エンジンが壊れそうなほど思いっきりぶっ飛ばすその豹変ぶりがたまりませんでした。

新幹線のぞみ(300系)
デザイン的に一番好きな新幹線車両で、快適さがイマイチという噂と正反対の揺れの少なさと柔らかい乗り心地に感動しました。

京阪特急テレビカー(3000系)
車内の男性アナウンス(合成音声?)が渋かったです。テレビの映りはなんかイマイチ。

特急あさかぜ(EF65牽引 24系客車)
信号機の故障で通勤電車優先となった東京近郊で、普段は絶対走らない貨物列車専用線をあさかぜはゆっくりと進んで行き、小屋の軒先ギリギリを寝台特急が通過していくという素晴らしいアトラクションを与えてもらいました。

これは下りの寝台特急「出雲」