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THE VICINITY OF IZUMO
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2024年6月30日日曜日

作業部屋に山陰号

あ゛~また無駄遣いをしてしまった。買ったのは鉄道模型の「山陰号」、この列車を知っている方にとっては「京都夜行(これにちょっと触れている過去日記はこちら)」という呼び方の方がなじみがあると思います。これの機関車を除いたフル編成がつい最近老舗KATOから発売になり買うかどうか迷っていましたが、たまたま来た友人から「たいした値段じゃないし(ワタシにとっては大金)欲しいものは買った方がいい」と説得?されその晩ポチってしまいました。まあ知った人が物を買う時にはこっちまで妙にワクワクしてしまうので、友人がワタシを説得した気持ちはわかります。

で、ブックタイプの立派なケースに入って届いたこれ、荷物車1両、郵便車1両、寝台車1両、旧式客車6両の全9両でちゃんと尾灯も光りますが、全編成を豪快に走らす鉄道レイアウトも無いので「お飾り専用」にします。ただこれをそのまま飾れる場所も無く、横幅の長い専用のディスプレイケースはこれまたかなり高額です。

そこで全連結を諦め、3つに分けて作業部屋に元々あるディスプレイケースに飾ることにしました。けどやっぱり分割するとかなり貧相、買ったのはNゲージだけど下の段には一回り大きいHOゲージを飾っているのでなおさらです。まっいいや、「山陰号」は学生時代の思い出の列車、昔友人と萩旅行に行った時に鈍行列車の旅にこだわったのも多分これへの想いがあったから。たまにこの模型を眺めては、懐かしい気分に浸ることにしましょう。

3本のレールに乗せたNゲージの「山陰号」、一番後ろに元々持っていた茶色い旧式客車を2両繋いだので全部で11両です。それではここでクイズワタシが飾ったこの山陰号には追加した2両を除いてひとつだけ間違いがありますがそれは何でしょうか?この列車を知っている方ならすぐにわかるハズですが、答えはこの日記の一番下に書いています。


これは2段目に飾ったHOゲージのジーゼル機関車DD51やいろいろな貨車、やっぱり大きいと見栄えがいいですね。比較用にNゲージの20系寝台車を並べましたがその違いは一目瞭然です。


おまけ
5年ほど前にこの日記で紹介したHOゲージのキハ80系、未だ元箱に入れて保管中です。これもいずれは昔憧れた「まつかぜ」のヘッドマークを付けて飾りたいなあ。


クイズの答え
それは機関車が違うところ。本来の牽引機であるDD51のNゲージは持っていないので、所持しているDF50を繋ぎました。そのうちDD51を買う?う~ん、沼にはまりそうで怖いです。怖いといえば山陰号の連結順もいろいろで、機関車のすぐ後ろに普通客車が繋がれることもありました。そしてその箱に乗ると開け放された暗がりの連結部分から、一晩中ノタリノタリと揺れ動くDD51の顔が見えてちょっと怖かったです。しかしこれって今では信じられない光景、客車のデッキから手を伸ばせば走行中のDD51にペチペチさわられたかも・・・

2024年6月22日土曜日

新型やくも

今更ですが今年4月にデビューした273系新型やくものハナシ。やくもには山陽本線に出た途端エンジンがちぎれるぐらいぶっ飛ばす気動車時代のキハ181系、電化に伴い登場した381系、リニューアルされた同じく381系のグッタリゆったりやくもとお世話になってきましたが、この新型もまた機会があれば乗ってみたいと思います。

ところでこのやくも、既に全編成が旧型から置き換わり国道9号線を走っている時など結構みかけるようになりました。そして先日もこれが前方からやってきたので助手席のカミさんに「新しいやくもが来たよ」って伝えたところ「どこどこ?」ってなかなか見つからない様子、そう、その時ちょうど線路わきのヤブの中に車体が見え隠れしていてワタシまで見逃しそうになったんです。車体がヤブの茶色と緑にうまく溶け込んで、JRが言う「沿線の風景に響き、自然に映えるやくもブロンズ」ってこのことだったんですね。(そんなワケない ヽ(`Д´)ノ )

ただこのカラーリング、全体的には良い感じだと思うんですがワタシの独断と偏見で言わせてもらうと、多分「白い雲」を表していると思われる窓を囲む白い帯がちょっときついかな?窓枠より少し大き目ぐらいに帯を細くしてもいいし、ブロンズに合わせてもう少し落ち着いたトーンにしてもいいような気がします。また正面の雲のイラストとやくもの文字もちょっと安定感に欠ける気が・・サンライズみたいなシンメトリーを保ったデザインがワタシ的には好みです。また昔人間のワタシとしてはここにデザインを損なわないサイズの自発光式ヘッドマークが欲しいところですが、両開きの貫通扉なんでそれは無理なんでしょうね。

JRのサイトから勝手に。

ヘッドマークで思い出したけれど鉄道では無くバスのハナシ。ワタシJRバス時代にはメーカーにバスを発注する仕事もしていたけれど(その時の様子はこちら)、社内の一部に「貸切バスに方向幕は要らないんじゃないか」って意見がありました。貸切バスでも方向幕があるとここに「会社名」とか「鉄道代行」とか「回送」とかいろいろ表示できるので便利っちゃ便利なんですが、確かに無理に無くてもいいかも。ただですねえ、バスを正面から見たときにこれが無いとものすごく「間が抜けて」見えるんですよ。そこでワタシはそういった意見を軽く受け流し、常にこれが付いた仕様でシレっと発注してました。

ワタシが発注を担当したバス、ちゃんと方向幕を付けていて会社名を表示しています。ただしこれは貸切バスではなく「広島空港エアポートリムジン」ですけどね。写真は当時一般向けに配っていたパンフレットの物です。

2024年3月14日木曜日

ちょっと危なかった

先日ずいぶん暖かかったので、今年初めて「バナナバ号」を引っ張り出し大社町内へ用足しに出かけてきました。途中一畑電車の出雲大社前駅に一番近い踏切を通りましたが、そこから見える駅のホームには新旧の電車がそろい踏み。これはなかなか絵になる光景と、線路の真ん中に止まってスマホを取り出し撮影に臨みました。

ところがいざ撮ろうとした途端に警報機が鳴り出し、ワタシ焦りながらも「まっ、ここが始発だしあと少しだけ」と思った途端に空から黒黄の棒が、そう、めったに通らないので気付かなかったけれど、この踏切には遮断機があったのです。おまけに下りてきたそれがちょうどハンドルとサドルの間に収まり、バナナバ号は前にも後ろにも動けなくなってしまいました。

仕方が無いので一旦スタンドをかけ、外側に回って遮断機を持ち上げながらバナナバ号を救ったんですが、何かそれが終わるのを待っていたかのようなタイミングで電車は発車し走り去っていきました。ヤバイヤバイ、下手したらワタシ「列車往来危険罪」に問われるところでしたよ。過去には松江でしこたま飲んだためヘベレケ状態で一人終電に乗っていたところ、ワタシの状態を察した運転士さんの好意で途中駅の草むらにリバースさせてもらったこともあったので、もうこれ以上地元の公共交通機関に迷惑をかけることの無いよう大いに気を付けます。

なんだか怒ったように走り去って行った7000系。


ついでに
これは以前撮った写真で「浜山公園北口駅」の先(川跡側)にある踏切ですが、50年ほど前にここで一畑電車が線路上で動かなくなった耕運機を巻き込む事故がありました。電車は脱線転覆しましたが幸いなことに耕運機の主は逃げていて無事、乗客・乗員も軽傷で済んだらしいです。当時「非常ボタン」などは当然ありませんでした。しかし耕運機がバナナバ号だったらと考えると恐ろしい。

2023年7月15日土曜日

廃線跡を観に行く

先日久々に県外へ、「旧倉吉線」の廃線跡を観るついでに「餃子の王将」にも行ってきました。(どっちがついでかわからんけど)

昭和60年に廃止となった倉吉線、あちらこちらに遺構が残るうえレール残存区間もあります。そして有名なのが竹林の中に一筋伸びるレール、廃線跡観光案内所にクルマを置いて1キロちょっと歩くと旧泰久寺駅のホームの先にそれはあります。今回デジカメやスマホで写真を撮ったので「四季のうつろい」に貼っておきました。よろしかったらご覧ください。

観光案内所の方に聞いたところ、ここの保存は鳥取県によって行われていて竹林を整備する人がいたりボランティアが草刈りをしたりで維持されているとのこと。そして地元の旧大社線は駅舎こそ現在大規模改修中ですが、ホームの先から続いていた貨物用の引き込み線は大方が引っ剥がされてただの空き地や駐車場に、ここのところが保存に対する考え方の違いですね。やはり駅舎と共に可能な限り界隈のレールや施設も残し、昔停まっていたような貨車の一つも置いとくぐらいじゃないと本当の保存とは言えない気がします。

ということでゆったりと時の流れに触れることが出来た旧倉吉線を後にして、向かうは島根に無い餃子の王将。ここではリバウンド回避明けをいいことに腹パンになるまで食いまくったので、まあ心身ともに充実した一日ではありました。

実は元々杉林で、竹は廃線後に生えたものだそうです。

餃子の王将で、カミさんと2人分でも多すぎ。

2023年5月10日水曜日

5月に駅で寝る

連休も終わりましたがまだまだ朝晩冷え込みますね、ワタシ未だに掛け布団と毛布で寝ています。そして5月の冷え込む夜と言えば2021年8月の日記「備後落合駅」にちょこっと書いた「駅寝」を思い出します。

ワタシがまだ20代前半で国鉄に就職した年、同期の友人と互いの就職記念ということで山口県萩市への小旅行を企てました。行きは鈍行列車を使ったのでさすがに道中長かったのですが無事萩駅に到着、ただここから予想だにしなかった試練の連続で、

萩市の中心駅は「東萩駅」なのに「萩駅」で降りてしまい、アポなしで飛び込んだ全ての旅館で玄関払いされたうえ「連休のさなかに予約なしで泊まれるワケが無い」って説教までくらい、ハラが減ったので食べたラーメンがさっぱり美味しくなく、東萩駅に行くため乗ったタクシーがとてつもなく無愛想なうえ運転も荒いって感じでトコトン疲れ果て、「仕方ない、今夜は駅のベンチで寝て明日定期観光バスでもあればそれで観光しよう」と話し合い、バッグを枕に駅寝に挑みました。

ところが夜の冷え込みが凄くてとても眠れない、そりゃ夜は旅館の暖かい布団で寝る予定だったので昼間に合わせて薄着だし防寒具なんてあるワケも無く、ウトウトとしては寒さで目が覚めしまいにはガタガタと震えまできたところへ「ピッ!」という短い汽笛と共にDD51が牽引する「急行さんべ6号」が入ってきたのが午前2時頃、ワタシはすかさず「おいっ!!帰ろうやっ!!」ってやはり寒さで眠れずにいた友人に声をかけ、大急ぎでその列車に飛び乗りました。これはもう渡りに船というか救いの神というか、疲れているうえに良く効いた暖房のおかげもあってすぐ眠りに落ちましたが、その後大社町の友人の家までどうやって帰り着いたのか、2人ともその記憶が全くありません。

まっ、いずれにしても「鈍行列車で行く萩の旅」は大失敗に終わったワケで、今考えると連休期間に予約無しで行く方もどうかとは思いますが、ネット予約もスマホも何もない時代の若い旅人に対して当時の萩の街ももうちょっと優しさが欲しかったところです。ただこの経験は一生忘れることの出来ない良い?思い出となり、奥様方にとっては今まで幾度となく聞かされたウザい昔話の上位に位置しています。

おまけでもうひとつ
岡山時代のハナシ。伯備線が土砂災害で不通となり、国鉄バスに鉄道代行の要請が来たためワタシは添乗員として乗務しましたが、その時泊ったのが新見駅2階の大広間。これも一応駅寝でしょうか?

この時は暖かい布団でぐっすり眠りました。

2022年10月22日土曜日

木次線の旅

秋晴れの木曜日、カミさんと木次線に乗ってきました。以前クルマで終点の備後落合駅を訪れたことはあるけれど(その時の様子はこちら)今回は有名な3段式スイッチバックの体験がメインなのでちゃんと列車に乗ったのです。ただジモピーの利点を生かしてスイッチバック起点の出雲坂根駅までクルマで行ってそこから乗車、終点の備後落合駅から再び出雲坂根駅まで戻ってくるという行程です。

木次線に乗ったのは小学校低学年の頃家族で三井野原へスキーに行って以来、久々というより初めてと言った方がいいかもです。出雲坂根駅に着いた時には既に列車も到着していましたが乗客の多さにビックリ。満席という程では無いにしろ結構な人数で、やはり廃線のハナシも出だした今、無くなる前に乗っておこうという旅行客が殆どの様です。

出雲坂根駅から進行方向を変えて出発した列車は、程なくスノーシェルターがある地点に到着。ここで再び進行方向を変えますが、皆さんこぞってカメラやスマホで撮影しまくりです。その後列車はエンジンを唸らせ急勾配を登って行きますが、三井野大橋が一望できる地点まで来ると観光客用にゆっくり走ってくれます。ただそこは「よく線路が崩れないものだ」と思うぐらいの断崖絶壁でワタシはちょっとハラハラ、その後列車はJR西日本管内で一番標高の高い場所にある三井野原駅を経由し、終点の備後落合駅へと向かいます。

備後落合駅に着いた列車はここで折り返し、今度は木次線起点の宍道駅行きとなります。ここまで乗って来た乗客が降りた後、代わりに広島方面と岡山方面からやって来た列車の乗客がゾロゾロと乗り込んできました。その後出雲坂根駅で降りたのはワタシ達2人だけ、線路脇から走り出した列車の写真を撮っていましたが、車内で前の席に座っていた若い女性が「乗らなくていいの?」って顔でワタシ達を眺めていました。今回所要時間は往復1時間半、運賃は往復660円の短い旅でしたが心残りが一つ、それは列車の旅を楽しむために車内でのんびり「おにぎり」を食べようと持ってきたものの、あまりの乗客の多さにそれどころでは無かったこと。また乗客の少なそうな荒れた天候の日に列車に乗り、車内でキチンとおにぎりを食べようと思います。

名物のスノーシェルター。雪からポイントを守るためにあり、中には信号機もあります。

列車は出雲坂根駅で進行方向を変えるため、線路はホームの先で途切れています。

今回乗ったキハ120、急こう配をガンガン?登ります。

(おまけ)
以前スマホで撮った、出雲坂根駅を出るキハ120の動画です(音量注意) → ■■■
備後落合方面へと登っていく線路の左手にあるのは、宍道方面行きの線路です。

2021年8月15日日曜日

備後落合駅

大社町は雨も上がりちょっとだけ太陽も覗きました。大雨の影響で運休していた山陰本線も運転再開となりましたが、木次線では未だ区間運休が続いています。まあ木次線の場合「おろちループ」の先にある道の駅から見ると、スイッチバックを使って信じられないぐらいの断崖絶壁を列車が登って行くので、安全面から考えても今回の運休は仕方ないことでしょう。その木次線の終点の駅が、今回紹介する備後落合駅です。

最盛期には200人以上の国鉄職員が存在した備後落合駅。広島市と新見市を結ぶ芸備線と宍道から始まる木次線が交わり「急行ちどり」も停まる拠点駅でしたが、今では優等列車が通ることも無い(そもそも現在JRに急行列車はありません)秘境駅とも呼べる山あいの無人駅です。そこで今年6月の初旬、過去の栄華を垣間見るためこの駅に行ってきました。

到着後さっそく駅構内を見て回りましたがホント誰一人いない状態、これで出発信号機が灯っていなかったら廃線と思われても仕方ないほどさびれています。そして小さな待合室には昔の写真や資料が掲示され、過去の活況を偲ぶことができます。ワタシ以外誰もいないのでマズイとは知りながら線路に降りてみましたが、山間部の駅としては異様に広い構内に蒸気機関車時代の貯炭庫や転車台が残されていて、これらは紛れもない「鉄道遺構」です。そしてそれらの写真を撮っているうちに駅舎の方から女性の声で放送が・・・最初監視カメラとかあって遠隔で注意されたのかと思いましたが、これは間もなく到着する列車を知らせる自動音声でした。

やがて広島方面からと宍道方面からの列車(列車といっても1両だけど)が到着しましたが、乗客といえば広島方面から来た2人の青年だけ。それぞれがカメラを持ち構内を撮影していたので、どうも別々に来た鉄道マニアみたいです。あとは旅行客はおろか地元の乗客さえいないのでホント寂しい限り。3年前に廃止された三江線のように時代の流れと共にいずれこの路線も廃止の道をたどっていくのでしょう。今回はクルマで来たけれど、またカミさんを誘って列車で来たいと思います。

ついでに
マニアの青年は2人共軽装だったので旅の道中での「駅寝」とかは考えていないみたい。ここ数年駅の待合室などで宿泊する駅寝が流行っていますが、一応禁止とはなっているものの特にお咎めは無いようで、代わりに周りに迷惑をかけないための暗黙のルールが存在するようです。実はワタシも20代前半、同期の友人と成り行きで駅寝したことがあります。場所は東萩駅ですがこのことについてはまた別に書きますね。



 こちら新見方面。


 こちら宍道・広島方面。

 古びた転車台。

 苔むした貯炭庫。

 だだっ広い駅構内。

 到着したキハ120、右側の車両は以前三江線で使われていたもの。

2021年6月30日水曜日

大社駅の改修

今年に入って旧JR大社駅の改修工事が始まっていますが一部解体も含む5年がかりの大工事、自宅のバルコニーからも駅全体を覆う工事用の大屋根が見えます。ワタシは地元の高校に通っていたので通学で大社線を使うことは無かったんですが、それでも半ドンの土曜日には同級生と一緒にこの駅から出雲市の今市に出かけて行き、以前はサンロード中町の東側にあったジャスコの食堂でラーメンを2杯食べたり、お金を入れて自分で作るワタガシ機で痩せたワタガシを作ったりして遊んでいました。発車時間に遅れ慌てて走って行くと動き出した気動車が止まってくれたりと、のどかで平和な大社駅でした。

国の重要文化財である大社駅。ただ今回の改修は駅舎だけで、鉄道施設の復元までは考えて無いんじゃないかなあ?1960年代の大社駅は貨物の扱いもありワムとかワラとかトラがポツンと停まっていたりして、小学校からの帰りにそれら貨車の横から突き出たレバーを引いてシュバーっとタンクのエアを抜くいたずらをしました。また駅舎から北に向けて昔あった東洋膏鈑の工場あたりまで踏切もある引き込み線が引かれ、たまに手動操作によってチンチンと警報機も鳴らされていました。ただその線路は駐車場への転用のため段階的に撤去されて今は数メートル残るのみ、その他ホームの端にあった人力でポイントを切り替えるテコやそれにつながるヤノハ(腕木式信号)、その他もろもろの鉄道施設も殆ど撤去されていて寂しい限りです。

駅舎がキレイに生まれ変わるのは良い事ですが、可能な限りそれら鉄道施設も復元してもらいたい、それも訪れた人が自由に動かせる状態にというのがワタシの希望で、これは鉄道マニアなら誰しも考えるところだと思います。そしてここを観光の一大拠点にしたいのなら、今や日本経済に対して多大な影響力を持つマニア(オタク)の中でも、鉄道についての珍しいものがあれば全国どこへでも出かけていく鉄道マニア(鉄オタ)の行動力と経済力は無視できません。そのようなことからも単に駅舎だけでは無く、鉄道施設全体の復元を大いに望みます。

あと駅については先月、木次線が芸備線に合流する備後落合駅に行ってきました。これについてはまた後日書きますね。最後に写真ですが、上は終点大社駅に到着したDD51牽引20系客車の「急行だいせん」、大社線内は普通列車でした。下は大社線廃止直後に引き込み線側から見た景色で中央に黒っぽく見えるのが大社駅の駅舎、いずれもずいぶん前に撮ったものです。



その他 貨車の記号について
ワムとかワラとか書いたのでちょっと解説、ワムのワは屋根のある有蓋車のことで英語のワゴンから来ています。トラのトは屋根のない無蓋車でトラックのト、ワムとかワラのムやラは貨車の積載量区分で、積載量が少ない順にム・ラ・サ・キとなっています。

2019年7月7日日曜日

キハ82

5月のことだけど、自宅にHOゲージの「キハ82」が届いてびっくり。キハ82はすでに廃盤で新品の販売価格は定価の3倍くらいになっていましたが、半年以上前に再販が決まったのでその時予約しておいたのをすっかり忘れていました。(HOゲージは今年1月25日、キハ82(特急まつかぜ)は昨年5月12日の日記をご参照ください)

ワタクシ鉄道模型が好きでジーゼル機関車と貨車を数両持っていますが、いつかキハ82を手に入れたらこの収集も完結しようと考えていました。ただキハ82には同封の後付けパーツが結構あり、それを全部取り付けてやっと完成です。ところがワタシのケチイ根性がまたまた発動してしまって「ここでパーツを付けたらただの中古品だけど何もしないなら新品のまま。これを慎重にレールに乗せて写真だけ撮ったら箱に収めて時たま眺め、一応手に入れたということで将来的には定価スタートでヤフオクに出そう」っていうことにしました。これもいずれは廃盤になってプレミアが付くと思われますが、定価スタートってところがワタシの良心です。(自分で言っちゃダメ)

で、ここからは無駄遣いの言い訳がましいことを書きますが、ワタシのヤフオク運用について。落札したカメラやオーディオなどで気に入ったものや珍しいものは取っておき、ひととおり使って納得した物は再び出品するってやり方をしています。そして出品ではワタシが落札した時よりはるかに高値がつくこともたまにあり、そうで無くてもほぼトントン。やはりポイントは丁寧な清掃と写真の撮り方と大袈裟に書かない説明文、あと重要なのは出品のタイミングですね。一度など古いオープンリールデッキ(オーディオ用のテープレコーダー)のジャンク品を格安で落札し、案の定修理に失敗したため各パーツに分けたうえで清掃して出品したところ、テープを直接読み取るヘッドユニットだけで落札価格以上の価格がつきました。

迫力のHOゲージ、「まつかぜ」のヘッドマークを付けたいなあ。

2019年1月25日金曜日

プラモデル

昨年の10大ニュースにちょこっと書いた電気機関車のプラモデルを買った件、今まで買ったプラモデルの中では最も高いもので、雨の休日の暇つぶし用です。しかし箱を開けて驚いたのがそのパーツの数で、細かいものがビッシリとあり完全に戦意喪失しました。買ったのはえらくクラシックなEF18という電気機関車で比較的難易度の低そうだったのが選定理由ですがこのパーツの数、一瞬考えた一万円以上するジーゼル機関車DD51のプラモとかを買わなくてホント良かったです。まあ「デアゴスティーニ」が一気に届いたと思って、春ぐらいからボチボチ作ろうかと考えています。

実はワタクシ鉄道模型には悲しい思い出があって、小学生の頃デパートで見たHOゲージの鉄道模型が欲しくて欲しくて冷蔵貨車一両だけでもと親にねだったけれど「1両あっても仕方がない」という理由で買ってもらえませんでした。まあ値段もそこそこしたのでそのせいかもしれませんが、たった一両だけでもこれを買ってもらったらどんだけ大切にしていつくしんだことかと今でも思います。この時の思いから数年前にプラスチック製のHOゲージ用冷蔵貨車のキットを作りましたが、今回買ったのはHOゲージより一回り大きいモデルで、この時作った冷蔵貨車を連結することはできません。

ただちょっと待ってよ、そういやストックヤードに20~30代の頃に買ってまだ作っていないプラモが何個かあったなあ。この場合そっちを先に作るべきですね。

解説1・鉄道模型
HOゲージとは、かなり大きいOゲージの半分の線路幅でハーフ・Oゲージという意味合いです。ワタシが小学生の頃はこのHOゲージが主流でしたがもちろん今でも売っていて、有名メーカーの真鍮製のものでは電気機関車一両が数十万円もします。現在では日本の住宅事情に合わせてHOゲージよりさらに小型で安価なNゲージが主流ですが、これはこれでかなり精巧な作りです。

解説2・まだ作っていないプラモデル
1.アメリカはレベル社の「シボレーホットロッド」のプラモ、ちょっと雑な感じの製品。
2.曳航船(タグボート)のプラモ、細かく塗装すれば客間にでも飾れそう。
3.アメリカ空軍B-17爆撃機のプラモ、おまけにワタシの好きな「メンフィスベル」。

以前作ったキットの冷蔵貨車。

今回買ったの、パーツ多すぎ。

2018年5月12日土曜日

列車の思い出

実物はまだ見たことないけれど、TVでは何回か豪華列車「瑞風」の特番が放送されたりしていますね。ワタクシ鉄道は好きだけれど今ではほとんど乗ることは無し、そのかわり昔乗った列車のことを懐かしく思い出します。

まずは通称「京都夜行」、学生時代にしょっちゅう利用した出雲市と京都を12時間近くかけて結ぶ夜行の普通(鈍行)列車です。これには寝台車が1両だけ連結されていて、指定席発券の関係から普通列車では珍しい「山陰」という名前が付いていました。ただ寝台車以外の車両は全て直角シートの旧式のやつで、牽引はジーゼル機関車のDD51。今と違ってデッキの扉は走行中でも開けっ放し、夜中に余部鉄橋を渡るときの轟音や、夜が白々と明けていく中、最後尾のデッキから見た滑るように遠ざかって行く雪景色など、まさしく「旅情」そのものです。

お次は今の仕事に就いてから東京での研修などで再々利用した寝台特急「出雲」、乗降扉の横にある行き先表示の「東京 FOR TOKYO」にはしびれます。当時「いずもB3キップ」というのがあり、これは一両だけ連結された3段ベッドの寝台車専用(他の車両は2段ベッド)で、格安だったためいつもこれを使いました。ベッドの方は他に乗客がいなくてもキッチリ3段にしてあって、真ん中のをたたんでくれたら広いのにと不満だったけれどこうするのが決まりだそうで、まあそれでこそ格安だったワケです。出雲号には名ばかりのラウンジカーもつないであり、そこで研修仲間と持ち込んだビールで打ち上げパーティーをしたりして、これはこれで「旅情」って感じでした。

今では寝台特急「出雲」は「サンライズ出雲」に代わり、普通列車の「山陰」はとっくに廃止されました。「サンライズ瀬戸・出雲」は現在日本に唯一残る夜行寝台列車ですが、これらの新しい列車には昔乗った列車の質素で素朴な雰囲気はありません。ただ以前「サンライズ出雲」の上の階に乗って満月の夜に伯備線を進んだ時にはコンパートメントいっぱいの月の光に包まれ、これまたホントに感動的で新しい時代の旅情を感じました。

おまけ その他の心に残る列車

特急まつかぜ(80系82型)
小学生の頃、長大編成でピカピカのこれが出雲市駅に滑り込んできた時にはあまりの華麗さに感動し、停車中にちょこっとだけ乗ってみました

特急やくも(181系)
学生時代に時たま友人と乗りましたが、無理して高い食堂車に行き一番安いものを注文するという「リアル・プアリッチ」が得意でした。そして伯備線をトロトロ走っていたこいつが山陽本線に出た途端、エンジンが壊れそうなほど思いっきりぶっ飛ばすその豹変ぶりがたまりませんでした。

新幹線のぞみ(300系)
デザイン的に一番好きな新幹線車両で、快適さがイマイチという噂と正反対の揺れの少なさと柔らかい乗り心地に感動しました。

京阪特急テレビカー(3000系)
車内の男性アナウンス(合成音声?)が渋かったです。テレビの映りはなんかイマイチ。

特急あさかぜ(EF65牽引 24系客車)
信号機の故障で通勤電車優先となった東京近郊で、普段は絶対走らない貨物列車専用線をあさかぜはゆっくりと進んで行き、小屋の軒先ギリギリを寝台特急が通過していくという素晴らしいアトラクションを与えてもらいました。

これは下りの寝台特急「出雲」

2017年3月18日土曜日

補足説明

この日記を読まれたかたから16日の日記に書いた「京浜急行ドレミファナントカって何なんですか?」って質問を受けたので補足説明しておきます。これは京浜急行電鉄で使われている車両の一部が発車時に音階を奏でるという鉄道マニアの間ではちょっと有名なハナシで、世界で初めて電車を作ったドイツの「シーメンス」ってメーカー製のインバーターを使っている車両がこの音を奏でます。まっ、VVVFとか専門的なハナシは置いといて、質実剛健なドイツの技術者がわざとにこの音を出すように作ったというのがスゴイですね。youtubeで「京急・ドレミファ」とかで検索すればいっぱい出てくるので、興味のあるかたは聞いてみてください。

ちなみにウチでは買い物カートを押し出すときにワタシが「タ~~ララララララララ~~(実際はファソラシドレミファソー)」っていうとムスメが本格加速に移った時の「フィーンフィーンフィーン」という音を被せてきて二人でアハハって笑ってます。いい歳こいたオッサンと、とっくに成人しているムスメがこんなことでいいかいなと少し心配しています。

今は機器更新で奏でなくなったそう。ネットから勝手に。