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THE VICINITY OF IZUMO

2021年2月7日日曜日

小型セパレートステレオ その後(最終)

しつこいネタですみませんが、嬉しいことに壊れたレコードプレーヤーが直りました。昨日修理してからずっとテストしていますが、今時点でも特に問題は無いようなので大丈夫みたいです。ハードディスクレコーダーに木目シートを貼ったりしましたが、やっぱりコタツでレコードを聴きたいので引き続きプレーヤーの購入を考えていました。ただ満足できる性能の新品はやっぱり高いし、中古も巣ごもり需要で以前よりずいぶん価格が上がっています。そこで壊れたプレーヤーを再度修理してみることにしたのです。

修理についてネットでいろいろ調べてみたけど同じ機種のものは無く、他機種ではコンデンサなどの部品を全部取り替えたというのが殆ど、ただその中で基板にある可変抵抗を替えたら直ったというのも数件ありました。そう、ワタシが最初にドライバーでグリグリ回してみたあれです。どのみち部品交換となると通販で買うしかないんですが、可変抵抗については接触不良さえ解消すれば無理に替えなくても済みそうなのでもう一度試してみることにしました。ただ今度は2個ある可変抵抗めがけてエレクトリッククリーナーをビショビショになるほどスプレーしたうえで、グリグリ回しました。

そして基盤を本体に戻して電源を入れてみると・・・故障中には不安定に点滅していたクオーツロックのランプが常時点灯に戻り、ターンテーブルの回転もピタッと安定しました。えっ?こんな事で直ったの?って自分でもビックリですが、エレクトリッククリーナーで直ったってことはやはり経年による可変抵抗の接触不良が原因だったみたいです。試しにレコードとCDで同時に同じ曲を流してみたけれど、テンポ・音程共に完全に一致していたので回転速度も問題なし。学生時代に無理して買ったマイクロ精機製の「DQ-5」、このまま生涯の友となりそうです。

ついでに
プレーヤーが直った気分のいい日にちょうどいいレコードが、あのジャズの名曲ミスティーを作曲したエロル・ガーナーさんの古いアルバム「コンサート・バイ・ザ・シー」。録音もあまり良くないし、本人が楽譜代わりに口ずさむハナ歌も入っているしでジャズファンの間でも好みがわかれるようです。ただ全体的に楽しそうなコンサートの雰囲気が伝わってくるうえワタシの好きな曲もいっぱい入っているので気に入っていて、今もコタツでコーヒーじゃなかった、香典返しに入っていた緑茶をマグカップで飲みながら聴いています。

復活したプレーヤーと「コンサート・バイ・ザ・シー」

2021年2月3日水曜日

勘違い

今日は立春、と言っても思ったより寒い一日。ただあと一か月もすればだんだん暖かくなってきますね。ところでいつやらのネットに「勘違い」について出ていたけれど、領収書の宛名を「上でいい」って言ったら「ウエディ」って書かれたというのがあってちょっと笑いました。まあ誰しも勘違いはあるけれど、ホームセンターでトイレの場所を聞いたら便器売り場に案内されたというのは有名なハナシですね。その解決策としてホームセンターでトイレの場所を聞くときには「モジモジしながら聞く」のだそうです。

そういえばワタシも似たような経験があるなあ。国鉄職員になって最初の1年は広島県の三次市に住んでいましたが、官舎で一緒にギターを弾いていた同僚が歌を録音する時に使う「ミキサー」を買いに行くというので付き合うことにしました。あっ、もうオチはわかりますよね。そう、広島の第一産業(今のエディオン本店)の一階でミキサーの売り場を聞いたら、お約束どおり調理家電売り場へと案内されました。 あと「中国リキャップ」っていう更生タイヤを作る会社の人から聞いたハナシだけれど、社員旅行で温泉旅館に泊まったところ、玄関先にある歓迎看板には「中国ケチャップ御一行様」って書いたあったそうです。

ところでネットを開くと最初にニュースや天気予報などが表示されるポータルサイト、先日そのエンタメ欄にすごく小さな文字で「恥ずかしい、アイドルたちのノーバン始球式」というのがあったので「エ?」ってなったけれど、それでも気になって開いてみると「ノーパン」では無くて「ノーバン(ノーバウンド)」でした。おまけに文字も大きくしてあるし、タイトルの「恥ずかしい」も記事では「かわいい」に変えてあるし・・見事に引っかかりました。ところで書きながら思い出したけれど、大阪での学生時代にそんな名前を冠した喫茶店が日本で初めて京都に出来て大変話題になりました。けどワタシは行ってません。

海に白鳥、初めて見ました。


2021年1月31日日曜日

小型セパレートステレオ その後(その2)

レコードプレーヤーが壊れた小型セパレートステレオ、やっぱりプレーヤーが欲しいのでいろいろと物色していますが、カートリッジは交換できた方がいいし、トーンアームもしっかりしたのがいいしで、そうなってくるとやはり結構な値段が。ここは中古や壊れたプレーヤーのベルトドライブ化なども視野に入れて考えていきます。

ただレシーバーの上には壊れたレコードプレーヤーが置いてあるだけっていうのも虚しいので、新しいのを入手するまでCDプレーヤーでも置こうかと考えました。ただ使っていないCDプレーヤーは小さくて奥行きも無く、これを置いたのではレシーバのレトロな雰囲気が台無しです。そこで他にないかな~って考えましたが・・・ありました。それは何か有効活用できないかと捨てずにいたCDもかかるアナログ放送時代のハードディスクレコーダー。これでCDをかけたことは無いので、ピックアップの劣化も無いハズです。

さっそくストックヤードから引っ張り出してきてレシーバーの上に置いてみたところサイズはドンピシャ、ただ天板がシルバーで無粋な感じです。そこでたまたま持っていた木目シートをキレイに貼り付けたところ、レシーバーと共に1970年代っぽいいい感じになりました。う~ん、この雰囲気なら無理にレコードプレーヤーでなくてもいいかなあ。まあしばらくの間、ステレオ部屋のラックに入れたまま普段ほとんど聴かないCDをこれで聴いていきましょう。ただ内部では用も無いのにハードディスクが回っていますが、これの配線を外したら何故かCDまでもが動かなくなるので勝手に回らせています。

これはこれで、なかなかレトロな雰囲気。 

その他 昔使っていたレシーバー
なぜかモノクロですが判りにくいので大きめの写真で、学生時代に住んでいたアパートのオーディオ達です。中央が前に書いたデノンのレシーバー、左にあるカセットデッキの上が今回壊れたマイクロのプレーヤー。

2021年1月27日水曜日

小型セパレートステレオ その後

今日はポカポカといい陽気、ただワタシの心は昨日の冷たい雨のように冷え切っています。その理由は、突然レコードプレーヤーが壊れたから。昨年末に設置したレコード鑑賞用の小型セパレートステレオ、マイルームにある手軽さから夕食の後などにワリと聴いていて、そのうち日記にレコードに起きる「静電気」と「針の寿命」について書こうかな、なんて思っていた矢先の出来事です。

このプレーヤーは40年ほど前に大阪の電化街「日本橋」で買ったもので、クオーツの発振によって回転数を一定の速度にロックする当時としては最新鋭の物だったんですが、肝心のクオーツロックが効かなくなり、回転が上がったり下がったりで聴くに堪えません。一応修理は試みたものの、できることといえば基盤についている可変抵抗をドライバーでグリグリ回してみるぐらいで、こんなんじゃ直りっこありせん。まあモーターそのものは生きているのでコンデンサーやトランジスタを全部交換するとかクオーツを交換するなんて手もありますが、今のところはそこまでの気力も無いので寿命ということであきらめましょう。

さて今後ですが、レコードはステレオ部屋でも聴けるのでこの小型セパレートステレオを全て撤収してもいいんだけど、レコードをマイルームで聴くのが好きになってしまって。そうなると代わりのレコードプレーヤーってことになりますが、新品でも安いのはオモチャみたいだし、中古といえばやはりかなりの年月が経ったようなものが多いし・・・もうしばらく悩んでまた結果を報告します。先日アマゾンで1,800円程のどう考えても安すぎる針付きカートリッジを買ったのでこれもレポートしたかったけど、その前にプレーヤーですね。

最後にせっかくなのでレコードの紹介です。冬の夜に聴くのはやはりピアノとかが良く、ジャズではウィントン・ケリーさんやビル・エバンスさんなどを聴いていますが、小雪のちらつく日には前にも書いたデューク・ジョーダンさんのアルバム「フライト・トゥ・デンマーク」がイチオシ。特に3曲目のスタンダード「Everything Happens to Me」などはもう真っ白な雪の中に溶け込んでしまいそうな調べで、ワタシはそれを聴きながらそのままコタツの中に溶け込んでいきます。ああ、プレーヤーを何とかしてまた溶け込みたい。

「フライト・トゥ・デンマーク」、ジャケットの雪景色も素敵。

2021年1月24日日曜日

バラ寿司を作る

先日の「いなり寿司」に続き今度は「バラ寿司」を作りました。具を酢飯の上に散らしたのを「ちらし寿司」、具を酢飯に混ぜ込んだのを「バラ寿司」というそうですが、ワタシが作ったのは高級食材を一切使わないケチさ全開の「貧相バラ寿司」です。

炊き立てご飯に寿司酢を混ぜて酢飯を作るところまではいなり寿司と一緒、実はいなり寿司を作るために買った寿司酢がまだいっぱいあるので、これをなんとか早めに使い切りたいというのも今回バラ寿司を作った理由です。このパターンでたまに「あの食材」を使い切るために「この料理」を作り、「この料理」を作るのに足りなくなってまた「あの食材」を買ってしまうという無限ループが起きますよね。ワタシはこのことを「食物連鎖(たべものれんさ)」と名付けましたが、今回はこれにならないように気を付けます。

酢飯が完成したところで後は具を混ぜるだけですが今回の中身はというと「例のいなり寿司のアゲを刻んだの」「カニカマをほぐしたの」「刻み紅ショウガ」で後は「錦糸たまご」と「刻みのり」です。貧相でしょう。いろどりにインゲンを刻んで入れようと思いましたが高かったのでヤメにしました。そしてその甲斐あって製作費は「永谷園のすし太郎」の半分以下、ただカミさんは大いに不満そうなので、また特別な日でもあればエビとかを入れてちょとだけ豪勢にしましょう。

見た目はともかく味はバッチリ。




2021年1月20日水曜日

あの時の神戸

そうかあ、阪神・淡路大震災から今月17日でもう26年経つんですねえ。でもあの時のことは今でもハッキリと覚えています。ワタシはまだ転職して東部高等技術校に勤める前で、広島市にある中国JRバス本社の人事課にいました。そして地震によって公共交通機関が壊滅的な被害を受けたので、鉄道代行などの「災害派遣」要請が入り、ワタシは乗務員の勤務調整担当として神戸に赴きました。

出発当日、当時本社の真向かいにあった広島営業所には、各営業所からかき集めた十数台のバスが集結。そして社長をはじめ本社社員総出の出発式が行われた後、ワタシはダイヤを担当する乗合課の課員と共に先頭のバスに同乗して神戸を目指しました。中国自動車道は途中から一般車はシャットアウト、ワタシたちは災害派遣ということでチェッカーズのような髪型をした高速隊の若いお巡りさんが運転するパトカーの先導で進み、西宮北ICから有馬温泉のあたりを超え、物凄いカーブが続く狭い山道を一気に下って神戸入り。そしてそこで見たものは・・・もうひど過ぎて膝が震えました。実際自分の目で見る光景はTVのニュースで間接的に見るのとは全く違っていて、今でも忘れることができません。

バスは崩れ落ちた神戸の街中を進み、障害物をよけながらも集結地点に全車無事到着。その後ワタシはここまで先導してくれたパトカーを見送り、西日本JRバスの担当者との打ち合わせを済ませてから用意してあった宿舎に入りましたが、そこでも度重なる余震で生きた心地がしません。そして一週間程度滞在した後に交代が来たので広島への帰路につきましたが、新幹線も山陽本線も不通のため宝塚線→福知山線→山陰線→播但線と乗り継いでやっとの思いで姫路に到着、そこから新幹線で広島に帰りました。

以上ワタシが阪神・淡路大震災の災害派遣に赴いたハナシですが、その後起こった東日本大震災を始めとする地震やほぼ毎年発生する水害、そしてそれらの災害で今もつらい思いをされている方がおられます。人命が最優先なのはもちろんですが、頑張って建てた家がペシャンコになったり流されたりしたら、ワタシはもうそれだけで立ち直れないかもしれません。

余談・出発式で
ワタクシ災害派遣ということで緊張感を演出する必要があると考え、バスに乗り込む直前に持ってきたヘルメットをかぶり「スーツに黄色いヘルメット」というスタイルで一番前の席に座りました。そして大勢が見送る中を車内からビシッと敬礼して出発したワケですが、神戸から帰ってから聞いたハナシによると、どうもワタシの顔とヘルメットとのバランスが違った意味で絶妙だったらしく、厳粛な雰囲気だった出発式がその後爆笑の渦に包まれたそうです。昨年会ったJRバス島根支店の副支店長さんからもこのハナシが出ましたが、当時彼は他の営業所勤務でその場にはいなかったので案外このことは中国JRバス社内で伝説化しているかも・・・でも決して狙ったワケではありませんよ。

当時のワタシ。今回の内容には場違いだけど、こんな写真しか無いのですみません。